大判例

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大阪地方裁判所 昭和23年(ワ)175号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(事実)(一)原告等の四男(註、当時二十三才)は、被告による承継前の近畿日本電気鉄道株式会社経営に係る阪堺線の三番踏切(註、大阪市浪速區内)を自転車で橫断しようとした際、上木嘉通の運転する電車と衝突して重傷を負い間もなく死亡した。原告等は被告の前主たる近畿日本電気鉄道株式会社が取締規則に違反して踏切に何等の設備もしなかつた点、及びその被傭者たる上木運転手が除行も警笛吹鳴もしなかつた点に過失があり、右会社の怠慢と運転手の過失(会社が使用者として責任を負うべきもの)とにより本件事故が発生したものと主張した。

(二)本件踏切にはもとは看守人を置き、遮断機の設備もあつたが、空襲による附近一帯の罹災により番小屋や遮断機の設備は焼失し、その後資材及び人手の不足と交通量の減少とにより踏切設備を当分復旧しない旨を届出て警察の諒解を得ており、本件事故当時には会社としては全然設備をしていなかつた。交通量は本件事故より一ケ月程前の調査によると朝七時頃から日沒迄の間一時間平均十人ないし十五人でさほど多くないので会社としては復旧を急がなかつた。

(三)しかし本件踏切の見通は困難であり、即ち踏切東北角に電柱や板塀があるため東から西に向い橫断するとき(註、本件被害者は正にこの場合であつた。)はこれに視界を遮られ、踏切の手前六米の地点に至つたときはじめて踏切より六米北側の線路上の地点を見通すことができるのであり、一方上木運転手の場合のように北から南へ向い踏切を通過する電車の方でも見通しの程度は右と同じであつた。次に音響の点から言うと、附近を市電が通つているため、市電と阪堺線電車或は上り電車と下り電車の音響が交錯して、通行人からはどの電車の音響であるか紛らわしい場合があつた。なおこの踏切は本件事故以前に三回程事故のあつた場所である。

(四)被告は前記資材人手の不足及び交通量の稀薄から言つて、本件踏切に危険防止の設備がなくても法規に従わない過失があることは言えず、又設備を施さなかつたとには何人も首肯し得る正当な理由がある。又運転手は会社の運転規程による速度を守り踏切の約三十米手前で二回警笛を吹鳴しており、被害者は電車が踏切の五、六米手前にさしかかつた際突然飛び出したもので、運転手に過失はなく、むしろ被害者に重大な過失があると主張した。

(五)原告等は訴提起より三年以上を経たのち請求の趣旨(金額)を拡張したが、これに対し被告は拡張部分については既に消滅時効が完成しているからこれを援用すると主張した。

(判斷)請求一部認容(過失相殺)

「思うに鉄道交通事業等危険の多い事業を行う者には危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのであつて、之等業務を行う者に対する行政上の取締規則は危険発生の虞ある行為を取締るものに過ぎないから、業務執行者が行政上の取締規則に違反するところがなかつたからと言つて業務上一切の責任を尽したものと言うことは出ず、又当時建設資材労力等が不足していたことは公知の事実で、そのため踏切設備の復旧が困難であつたことは之を認め得るけれども、だからと言つて踏切保安設備を施すことが客観的には不可能であつたものとは做し難く、現に阪堺線経営会社に於ては踏切設備復旧の目的を以て本件事故発生前一ケ月程前に本件踏切等の交通量を調査していることは既述の通りである。而して前記(二)及び(ホ)に於て述べた如く本件踏切が見通困難で音響の点から言つても危険な状況に在り且つ既に以前事故が発生した等の事実がある以上、たとへ交通量が当時左程多くなかつたとしても踏切設備を施さずに放置していたことは経営会社が危険防止の注意義務を尽したものとは言い得ず、上記諸般の事情に鑑みれば経営会社に踏切保安設備上の過失があつたと請う外はない。」

次に運転手の過失の有無について

「電車の運転手はその運転中危険の発生を未然に防止すべき注意義務があり、苟くも踏切を通過せんとする場合の如きは通行人に電車の進行を知らしめるため間断なく警笛を吹鳴らすか又は何時如何なる通行人が踏切を橫断せんとするかも図られないことを考慮して運転速度を緩めるとか、危険防止のために必要な万全の態勢を整へて運転すべき業務上の注意義務が要請せられているのであつて、殊に本件踏切の如く見通困難で音響状態悪く且つ以前二三回事故が起つた危険な踏切に於ては斯る注意義務があることは言うまでもない。

然るに上木運転手は前記認定の如く場内信号機の処で二回警笛を吹鳴らし、本件踏切の約三十米手前に於て踏切東側に二三の通行人が立止つているのを見て直ちに安全に踏切を通過し得るものと軽信し、爾後は警笛を吹鳴らさず漫然三十粁の速度で進行を続けたのであるから業務上当然用うべき注意義務を欠いた過失があると謂はねばならず、従つて経営会社は右運転手の使用者として其の責任を負わねばならない。」

このように判決は会社及び運転手にそれぞれ過失があるとして被告の損害賠償責任を肯定したが、次いで被害者の過失について次の通り述べている。

「尤も本件事故は上述会社側の踏切設備上の過失並に上木運転手の過失のみに基因するものと言うことは出ず、踏切を橫断せんとする者もまた万全の注意を払つて事故を防止し自己の安全を計ると共に、交通機関の円滑な運行を阻害しないように努むべき義務あることは言う迄もないところであり、当時本件踏切の東側南寄の地点には進駐軍用の踏切標識があり且つ本件踏切は前記の如く見通しが悪いのであるから、之を橫断しようとするときは電車が進行してるかどうか左右を確めた上橫断すべきであり、殊に当時本件踏切には二三の通行人が立止つて居り、該通行人の一人たる証人梅坂喜三郎及び被害者万吉の後から三米位離れて同様自転車に乗つて行つた万吉の兄城水正行の証言に依れば、同人等は電車進行の轟音により電車がくることを知つて、踏切を橫断せんとした万吉に対し危いと叫び、その瞬間万吉が電車と衝突したものなることを認め得るのであるから、万吉が斯る状況に於て漫然本件踏切を橫断せんとしたことは万吉にも重大な過失があり、之等双方の過失に基いて本件事故が発生したものと判断される。」

右のように被害者にも過失があつたことを認めこれを斟酌した上、請求の一部を認容した。最後に被告の消滅時効の主張について次の通り述べこれを排斥した。

「原告等は昭和二十三年二月十二日の本訴提起によつて、本件事故に基く不法行為を原因として、亡万吉が蒙つた物的並に精神上の損害賠償請求権の相続債権、及び原告等自身の精神上の損害賠償請求権を行使しているのであつて、該請求趣旨の拡張は右請求権のうち万吉の慰藉料及び原告等自身の慰藉料額を拡張したに過ぎず、既に行使している請求権と別個な性質を有する新な請求権を行使するものでないことは明白であるから、該拡張部分の請求を新な請求権行使の如く考えて該部分が独立して時効にかかると為す被告代理人の主張には到底左袒し得ず、原告等の請求の拡張が有効であることは勿論である……」

(参考) 電車の運転手の注意義務について東京地裁判決(判例タイムズ十五號、六五頁)は、電車がすべての踏切で徐行せねばならぬとしたら、「高速度」交通機関としての効力は全く減却せられるのであり、一方一般公衆は「高速度」により利益を受けるのであるから、「高速度」から生ずる危害を防止する義務は一般公衆が負担すべきものであるとし、踏切の手前で警笛を吹鳴して一般公衆に警告を与え、且つ前方注視義務を怠らず被害者の発見及び急停車の措置が遅れない限り、踏切で速度を減じなくとも運転手に過失はないと説く。尤もこのように言い得るためには踏切の保全設備の完全であることが前提とされねばならぬ。詳細は同判決参照。

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